FC2ブログ
HOME   »  2016年02月
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
「怒鳴らないでください、先生。」


これは、現在大学生の次男が、小学6年生だった頃のお話です。
その頃、我が家は夫と私と3人息子の、5人家族でした。
(数年前、夫とは離婚しましたので、今は4人家族です)


さて、なんで「先生、怒鳴らないで」なのかといいますと……



私の元夫は、「親VS子」という圧倒的力関係の中で子どもを「恫喝する」男でした。

「おれもオヤジには怒鳴られたり殴られたりして育てられた、おれはそれに感謝こそすれ恨んではいない、だから自分の子もそうやって育てる」、と夫が宣言して以来、私はその方針に真っ向から反対して来ました。
怒鳴ったとしても、拳骨を喰らわせても、それは「おやじの愛情ゆえだ」と夫はいつも言っていましたが、実は、それらは皆ドメスティック・バイオレンスと紙一重です。親から子どもへの暴力は児童虐待、と言い換えることが出来るかも知れませんが、暴力を振るう側の理屈は、ほとんどいっしょです。

※ ドメスティック・バイオレンス(DV)とは、結婚関係や恋人同士などの親密な関係の中で、男性→女性へ向かう暴力のこと。身体的なものから精神的なものまで多岐にわたります。近年はDV家庭における子どもへの影響の深刻化が懸念されています。


恫喝、つまり『怒鳴る』こと、もDVなのですか?
はい、その通りです。
殴る蹴る、ばかりが家庭内暴力ではありません。
立ち上がって威嚇する、睨みつける、無視する、などもDVです。
DVとは、身体的・精神的暴力を使って『言うことを聞かないと痛い目にあうぞ」と相手を脅し、逆らえなくして思うように支配することなのです。

最近でこそ、DVという言葉をテレビなどで普通に見聞きするようになりましたが、当時はさほど一般的ではありませんでした。児童虐待についても同様で、夫は「子ども躾けるのに親が子ども怒鳴って何がいけないんだ」と言って譲りませんでした。
 
「おはよう」という挨拶が「聞こえなかった」といっては怒鳴り、小声で口答えした、と言っては怒鳴り。
私には、それがとても愛情ゆえの行為とは思えず、夫が、息子たち(特に次男を)怒鳴ることで萎縮させ、コントロールしようとしているように思えてなりませんでした。
まだ小学生だった息子たちは、身体の大きい父親から大声で怒鳴られたら(たとえ父親は怒っているわけじゃなかったとしても)それだけで怖かったことでしょう。



次男の担任の先生には、個人面談の時に夫の方針を話して、私自身はそれに反対であることも説明し、
「悪いことをしたら叱ってくださるのは当然ですが、怒鳴らないでやってください」と頼みました。当時の女性担任教師が、体育館や教室で何度か子どもたちに大声で怒鳴っているのを見たことがあるので、釘を刺しておいたつもりだったのです。

次男は夫(父親)のせいで、恫喝されると思考停止の上、パニックを起こしてしまいがちで、出来ることも出来なくなるからです…。


ところが。

何日か経つうち、次男は、他の子が先生に怒鳴られてるのを見ているだけで動悸がする、と言うようになりました。自分じゃなくて、他の子が怒鳴られているだけで、です。
自分がもし失敗したら、と我が身に置き換えてみるのを止められず、とにかく「怒鳴り声」を聞くと思うように動けなくなるんだ、と
ある時、打ち明けられました。

担任は30代の威勢のいい女の先生。
「お前ら、いいかげんにしろよ!!」と怒鳴って生徒を制御する方法はきっと、彼女の教師生活の中でずっとやってきたスタイルだったでしょう。だから、いくら「怒鳴り声を聞くだけで硬直しそう」だと子どもが訴えても、聞き入れてくれないかもしれません。
中学生になれば、学校の先生が怒鳴って指導しているのは珍しくありません。今からそんなに怖がって、どうするんだ。そんなビビリな性格は、早いうちに直さないと。…そんな風にも思われていたでしょう。

他の子が怒鳴られているだけで、動悸がするだなんて。厄介な子。
そう思われているのは承知で、私は根気づよく『怒鳴らないで下さい!』と何度もお願いしました。

ですが、残念なことにその担任の先生は方針を変えることなく、次男はそのまま小学校を卒業しました。


『怒鳴り声を聞いただけで萎縮してしまう生徒がいること』を知らない先生、そのことを信じられない先生、は沢山おられます。
ですが、怒鳴ること(つまり恫喝)はDVです。
いじめについて学校関係者が語るように「いじめを受けた人が、いやだ、辛い、と思ったら、やっているほうがいじめのつもりが無くてもそれは『イジメ』に当たる」のと同じ。
指導のためであれ、それを怖いと思う子供がいるのなら、その方法は不適切です。



先生方には、極力暴力に訴えることなくご指導頂きたい、と思うのですが、それは間違っているでしょうか。



スポンサーサイト



2014年の11月頃、入所者3人が転落死するなどした老人ホームでの事故。
(「Sアミーユ川崎幸町」川崎市幸区幸町2丁目)

転落死と言われていましたが、転落させた犯人が施設内職員だったという、あってはならない殺人事件でした。

事件の概要はニュースなどで見ていただくとして…

私自身、実母を病院/老健/特養にずっとお任せして来た体験からこの事件について、自分なりに触れておきたいと思います。

「今後どのように類似した事件を防いだら良いか」。
本当は、それを書きたいのですが、
そこへ行き着く前にそもそも、問題が山積しすぎていて「防犯」にまで辿り着けない状況です。

老人介護施設は『外部から見えにくい(見えない)』『入りにくい(関係者以外は入れない)』密室

その状態が、善くも悪くも問題をエスカレートさせます。


老健に入所中だった、私の母にまつわるある出来事を、以下にご紹介します………
(過去日記からの抜粋)


**********




今日、母親の入所施設で人を叱っちゃった。
公共の場で誰か他人を叱りつけたのは、これで人生2度目である(w)。

しかも2回とも病院・施設。
相手はそこの職員。


今日は、老人保健施設の介護職員に対して。
あーもう、舞台で腹筋使って台詞言ってるくらいの声で申し上げましたとも。


母親が、施設の廊下で車椅子から落ちて怪我をしました。

それだけでもちょっと重大事件。

ところが、それに対する対応がアンビリバボー。

状況を把握しないまま、こちらの勤務先に「緊急です」と携帯に電話をかけて来る担当相談員…しかも、勤務を早退して駆けつけて来いと当然のように指示。
しかも電話があったのは午後2時、落ちたのは午前中だと言う。
その時点で「遅い」…
母親の様子を逐一報告してくれと頼んで、診察を依頼した病院へ、結局早退して向かいました。

病院に付き添っていたのは、なんと「状況を把握していない看護師」。

車椅子から落ちた場所は、職員の詰めている事務所の真ん前で、
「そばにいた職員が振り向いたら、床に落ちていた」という説明のみ…


車椅子から落ちた次の瞬間を、介護職員Tが気付いていたらしいんですが
「あっ、と思ったら落ちていた」ですと。
その職員T、お母さんの自爆ですよ、みたいな言い方をした。
ところが、母が言うには、他の入居者の車椅子と自分の車椅子のタイヤがぶつかった、というのよ。

母親は、職員Tの悪口を言ったら後で意地悪されると思ったらしく、その場では頑なに「状況説明をしなかった」。ですが、周りに誰もいなくなったと見るや、他の人とぶつかって落ちた、と私に白状しました。
丁度、落ちた時そばに居たのが、「意地悪なT」職員だったので「黙っていた」と言うんです……


意地悪な職員。

大体そんなもんがいる事自体、おかしいんですよ。
あっちゃいけないことが、まかり通ってるのがもう許せなかった。


だからねー、もう、相談員を後ろに従えて、そのTっていう職員を捕まえて、もう一度状況を説明させました。
そしたら、また「お母さんの自爆」説をしゃあしゃあと唱える。

もうね、怒鳴っちゃいました。
「母は他の入所者さんと車椅子同士で接触した、と言ってますよ」
本当は、あなたちゃんと見ていなかったんじゃないですか?
なんで自爆説を唱えるの?
自分が見ていなかったことを隠すためでしょ?


人間ですから、万能じゃないでしょう。
虫の居所が悪いとか、具合が悪いとか、ってことだってあります。
それはでも、ここでは言い訳にならないでしょう。
何を、誰を相手に仕事をしてるのか、あなた自覚がありますか。
未熟ですみません?
未熟な人に務まる仕事ですか、そもそも!?
介護職は30代男性にとってお給料も低い、だからってぞんざいにされては困るんです。
入所者の中にはあなたが好きだというお年寄りもおられるでしょうが、そんなムラのある仕事は困ります。人を選んで意地悪したり贔屓したりする理由は何ですか?
最もな理由があるとしても、そもそも、そんな理由が通ると思いますか?

60年宗教家やって来た母です。
余程のことがない限り、この人は、他人の悪口や愚痴は言いません。それは認知症が出ていても変わりません。それが、娘の私に愚痴を言うなんて、「この施設はイヤ、早く出たい」って言うなんて、本当を言うと尋常ではないんです。
だから、私はあなたの弁明がどうであれ、
母が「あの人は嫌い、パジャマを着替えたい、と行って1時間一人で頑張っていても、手伝ってくれない」「おトイレに行って、呼び出しボタンを押しても、10分も来てくれない」と母が訴えれば、あなたより母を信じます。

怪我の賠償をしろとか、そんなことは言ってません。
土台そんなことは無駄ですから。
ただ今後は改善されたかどうかの監視はつけてもらいます。
よろしく。
(これね、一方的に私が喋ってるみたいに書いてるけど、いちいちあっちが「でも」とか「いや、そうじゃなくて」とか、あくまでも合いの手入れるみたいに言い訳しようとしてたからなのよ。そんでこっちもどんどんテンション上がっちゃったわけ・w)


廊下で舞台劇みたいな声で怒鳴ってれば、ギャラリーもできるわな。

「すいませんでした」と謝るTに、一方的に「あなたはもういいです、後は相談員さんに対処してもらいます」と背中を向けたら、後ろに人垣が出来ていてビックリしました(爆)。


マスカラビンビンの若いオネーサン職員がビビりまくっていたのには哀れみすら感じてしまった(w)。しかも相談員(30代前半女性)涙目。介護スタッフのリーダーだという女性が出てきて、平謝り。
でも、悪いけどその人にも、
「Tさんが変化することは望んでないです。でも、今後Tさんが母に意地悪をするようなことがないように、リーダーのあなたに徹底して頂きたい」とクギ刺しました。ところが、このリーダーさん(50代女性)……、Tのことを母が「意地悪だ」と言っていたことを知っていました。聞きもしないのに、それを話し出したから、「はは~ん」と思った。知っていたならもっと徹底してくれないと。

すでに部下の失礼を平謝りに謝っている人に、「もっとアンタがしっかりしてくれないと困る」と言うのは気が引けましたが、ここでビシっと言わないとだらだら続けることになる。

「知っていたのに放置、ということですよね?」と後ろの人垣顧みず(w)続ける私。
相談員、打つ手無し(苦笑)。
でも、ここで笑って「まあ、人間ですから、失敗はありますよね」なんて言うもんか、と思った…(w)。

かなり冷静に、ギャラリーが聞いていて納得できるように一言一句きちんと「屁理屈に聞こえないように」言ったつもり。
だって、以前お世話になっていた施設では、「怪我させた」だなんてもう一大事で、上の方の人まで転がり出てきて謝罪、だったしその後のケアも至れり尽くせりだったんだよ。較べるなと言っても較べちゃうよ、こっちの方が3万円も高いのに(w・ええ、月額12万払っててこれで面倒ちゃんと見てると言い張るのならね…)。


年寄りの怪我は、
「傷が治る」ことと
「その後寝たきりになる」こととを天秤にかけないとならないほどの重大事件。
なのに、施設の決まりや人数の多少によってその天秤を操作されてはかなわない。

その他詳細を説明すればきりがないですが、
「私たちの方がプロなんだから意見を言わないで」式のお節介はもう沢山。
個人個人に対してのケアにおいては申し送りもしないし、人によってはリハビリの知識もないくせに、それでプロの集団だと言えますか、と看護師にも言いました。

これほど「任せられない」と感じた施設は始めてです。

施設名?

埼玉県さいたま市にある(ここでは伏せます)、って老健施設です。


私は、自分がいわゆるクレーマーだとは思いません。
至極当然のこと言ってる。
求め過ぎだとは思わないです。

アー腹が立つ。

******************
 ※ 日記でしたので、話し言葉で、ぶっきらぼうでごめんなさい(^^;)




「入りやすくて見えにくい場所では、犯罪が起きやすい」

老人施設は、まさに『見えにくい場所』です。
内部の人に取っては「入りやすい場所ですが」、外部の利用者家族から見ると「見えにくい」。
さらに、社会全体から見ると「入れず見えない」密室。
内部の人が加害者だったら、入所している高齢者は犯罪者と近接して暮らしている、という事になりかねません。

ですから、最低でもこの条件をどうにかしないと、今回の事件の犯人を逮捕したとしても、今後も同じ問題は起きるでしょう。

また、施設内が密室であるという状態のままでは、誠意を込めて高齢者のお世話をして下さっている、心ある職員の方々にまで、あらぬ疑いをかけることになります。

それを避けるためにも、「外部に対して常に「入りやすく見えやすい」施設にしなくてはならない、と考えます。

病院や、保育園、幼稚園、学校などについても、同じことが言えますよね。
利用者(この場合は高齢者)は、ご自分の状態を上手に味方に伝えることができないかもしれません。また、伝えても、信じてもらえないこともあるし、「みんな我慢しているんだから」と丸め込まれてしまい、黙ってしまっている可能性もあります。

そんなつらい思いをさせないためにも、誰か人を疑うのではなく、「その場所を、最低限、社会から『見えやすい』場所にする」必要がある、と思うのです。




どんなサービスがあるか、料金はどうか。
それを考える前に、利用しようとしている施設がどれだけ外部に内情を開示しているか、開示出来る状態か。施設選びの際には、それも考慮に入れてみると良いと思います。




またもや、なんだかセンセーショナルなタイトルですみません。

私は一昨年の春に離婚していますが、もうずっと先から、「なぜあなたがあの旦那さんと別れないでいるのか、理解出来ない」と何度も友人知人から言われていました。
うすうす、三男坊が小さい時に、「ああ、この人との将来はないかな」と思い始めていた私ですが、それでも三男坊が中学に入るまでは我慢しよう、と思って来ました。

その理由が、以下です……
(以下の日記も、例によって過去のブログ記事からの引用です)


********************



「木だけ見ても駄目、森だけ見ても駄目。」

これって、保育関係にある人にとっては座右の銘の一つなんだそうですね。

「一人の子供だけを見ても駄目,全体だけを見ても駄目」っていう意味らしいです。

こんな言葉を念頭に、先日児童館であったことを書いてみます。



3歳の三男を連れて,近所の児童館で遊んでいましたら、4~6歳くらいの男の子3人が、傍らの大型遊具で遊び始めました。
わが家の末っ子は2人のお兄ちゃんがいるので、少し年上の男の子たちと遊ぶのが大好き。末っ子は嬉しそうに、彼らの方へ近よって行きました。

すると、4歳ぐらいの子が「こっちくんな!赤ちゃんはあっちへいけ!」と怒鳴り始め、それに応えるように他の2人も「だめだよなー」「くんじゃねえよ」と口汚く息子に言い始めたのです。
彼らには、若いお母さんが一人引率者として付いてきていたのですが、「みんな、口が悪いよ!!」と怒るだけで、そのうちどこかへいってしまいました。

息子はそのくらいでは泣きませんが、「バカっていったら自分がバカなんだよ!」と言い返して、私の所へ戻ってきました。すると彼らは追いかけてきて、「うるせえな、バーカ!!」とさらに追い打ちを…。

なーんか腹が立って、
「ねえねえ、バカっていわないで?」と私が言うと、今度は私に向ってバーカバーカ、と連呼し始めたのです。
なんだか尋常でない愚連隊……
「お父さんやお母さんもキミたちにバカ、っていうの?」
ふと思い立って、私はそう聞いてみました。

そうしたら…、
一番小さい4歳くらいの子が,ことさらにキツイ顔になって、
「うちはリコンしたから、いないんだよ!!」と吐くように怒鳴ったんです。
聞きもしないのに、2度もそう叫んだのです…。

気がつくと、引率してきたらしい女性は、知らん顔して部屋の外に立っていました。聞こえたのかどうかはわかりませんが、関わりたくないといった風でした。
その3人の男の子は全員兄弟ではなく、友達同士という感じだったので、彼女がどの子のお母さんかはわかりません。


離婚は、母親(もしくは父親)だけで決めてはいけないな、と改めて痛感した私でした。
例え、子供に相談して「お母さんがそれでいいなら、僕もいいよ」という答えを子供からもらったとしても、子供はほとんどの場合傷付きます。

4歳の子の口から,「うちはリコンしたから、いないんだよ!」という言葉を聞くとは…。
この言葉を知っているということ、つまり「離婚」がなんなのか、その子は少なくとも知っていて、親からも相談されていて、納得づくで迎えた結果だったのかもしれません。
が…、確実に傷付いている。


私の母も、父の不貞が原因で離婚しました。
で、私ももちろん予期せぬ傷をたくさん負いました。

親が納得していても、子供も納得しているように見えても、離婚で傷付くのは子供です。


ここで、木と森、です。

個人のことだけを見れば、現に離婚で悲しい思いをしている子供はたくさんいて、「離婚は子供のためによくない」とはっきり言えますが、森、つまり全体を見るとどうでしょうか。

パートナーの浮気に心身ともに疲れ果て、離婚を選んで自立しようとする若いお母さんは、間違ったことをしようとしていることになるのでしょうか。
ジェンダーバイアスフリーにのっとって、男女平等でなければ、虐げられていれば、離婚した方が仕合せだと言い切れるのでしょうか。
女性が虐げられるままに家庭に縛り付けられているのはもちろん苦痛以外の何ものでもないけれど、そういう家庭は崩壊してもしかたがない、と言い切れるのでしょうか…。

全体から見れば,「辛いだけの結婚生活に見切りをつけて離婚するのは仕方がないことで、間違ってはいない」というのが時流だとは思っていますが、子供一人一人を観察すると、また違ったものが見えてくる。

断わっておきますが、私自身は、ジェンダーフリーには大賛成です。

でも、離婚は…。
もう配偶者の暴力がすごくて、命に関わる、恐怖で通常の生活すらもままならない、くらいなら当然だと思いますが、そうでもない限り、必ず子供を傷つけるのだということを知ってほしいと思います。

子どもも納得している、というのは親の独断。

だって、2人のうち片方しか頼る人がいないのに、どうして「自分は納得できない」なんて言えるでしょうか。好きな方の親に、味方になってほしいといわれたら、どうして断われるでしょうか?

離婚後、解放された親の方は自立するために働きます。
自分だけの昼食、ちょっとした自由な時間に気も晴れます。
でも、親が居ないその時間を、子供は乗り越えて行かなければなりません。
「うちの親は離婚したからいねえんだよ!」なんて、4つや5つの子供が叫ぶ言葉じゃないです。

時間が立てば、子供にもわかる時が来る?

そういうケースも確かにあります。
でも、そう言うケースばかりではないことも事実。
4歳の、あの子の顔のきついことったらなかった。
私が子育て支援に首を突っ込んでいなかったら、あの子にも引率の彼女にも大激怒したところです。少なくとも首根っこ捕まえて、謝りなさい!って叱ったことでしょう。
普通の人の反応は、反抗したり粗野な言動の子供には辛く当るものですから…その言動の背後に、何があるのかなんて気にも止めずに。
そうしてさらに、離婚家庭の子どもは傷付いていく、と言う訳です。
この図式は、幼少時の私にも当てはまっていました。
助けたい、と思って近づいてくる大人すべてに牙をむいていた時期は、確かにありました。

それもこれも、すべてお母さんが離婚したからだ,と何度思ったか知れませんが、その思いを母に話したことは一度もありません。


長くなりました。
だから、何が言いたいんだ,というと、
「まあ自分は、どんなクソ亭主でも離婚はしないでおこうかな」って思った、てーことですかね。
全体から見れば私はただの一本の木ですから、私と私の家庭にとっては「離婚はいけないもの」と思って生きよう、ということです。

おしまい。


*********************

なんだか、切ないですよね〜。

あの時、うちの末っ子に向かって「バーカ!」と言い放った男の子も、今は中学3年生。
幸せでいてくれるんでしょうか……?
いきなり、センセーショナルなタイトルですみません。

我が家の長男は今年で21歳になりますが、彼が産まれた頃の私は「防犯」も「児童虐待防止」もまるで知らない、気付きもしない母親でした。
この数年の間に、ようやく社会で認知されて来た「児童虐待」の真実。
最近でこそ、有志のママたちによる子育てグループがたくさん出来て、まずママの精神的余裕を確保しなくては…! という意識が浸透して来ましたが、虐待事件のニュースは逆に増えているような気がします。

もちろん、虐待の形態は様々ですし、最近は虐待を疑ったら通告出来るような風潮になって来たので、件数的には今まで見えていなかったものが浮上して来たから、「増えた」と感じるのかもしれません。

最近目につくのは、シングル家庭のママが再婚した時に、新しい父親となった男性から子どもが受ける暴力。
母親の連れ子は虐待されやすい…という、あってはならない傾向が散見されます。
それについても、考えを巡らせて行かなくてはならないのはもちろんですが……


今回は、まず、私が2005年に書いたあるブログ記事を転載したいと思います。
私自身が、暗中模索の状態で我が子に手を上げてしまった状況。
それを書いたものです。


***************************

2005年7月1日に、TBSで「赤ちゃんとのふれあい授業」(東京成徳短期大学/寺田清美先生主催)がオンエアされました。大学の付属校の女子高生たちが、1年間4組の同じ赤ちゃん・お母さんたちとふれあって、出産や育児を学ぶ体験をします。
たまたま寺田先生と知り合いだった私は、貴重な体験をお裾分けしていただくことになりました。

お母さんが、赤ちゃんにほおずりする姿を見て「自分も小さい頃こんなにかわいがってもらったんだ」と思いを馳せるのはとても大事です。

私は、親にはきっとかわいがってもらったと思います。
でも、母子家庭だった母が一生懸命働きに出ていた間、小さかった私は外で性的被害に遭っていました。

それを、誰かに相談できれば良かったんですがそれはかなわず、20年以上も「自分は、あんな目に遭っても仕方ない程度の、価値のない,要らない人間」だと思いながら来てしまいました。
だから、いじめに遭っても黙っていたし,抵抗もせず、もちろん恋愛もうまくいかない(浮気されっぱなし!!でも自分が悪いからだと信じて疑わなかった)。就職も学校選びも、果てはわが子を産むための産婦人科医院選びさえも、人の言いなりでした。


それが。
赤ちゃんと言う、私がいなくては生きることすらできない存在が出現したとき、悪い意味での限界にきてしまったのですね。


泣いている。なんで泣いてるんだかわからない。

母親が悪い、と言われる。

ああ、また自分のせいだ。

被害に遭っても、逃げられなかった自分。

子どもの体重が増えない、自分は体型が崩れて行く、みんな自分のせい。

泣いている子どもに自分を投影していたのか、なんだか憎らしくなる。

「私は泣いても泣いても誰にも助けてもらえなかった。我慢できないのはあんたが弱い、悪い、といわれた。なんでお前は赤ちゃんだというだけで助けてもらえるのか」

そうして、平手打ちしたり、背中を蹴飛ばしたり、子どもが大事にしていたおもちゃを床に叩き付けて壊したりした。


夜、何も食べさせてもらえなかった子どもが泣き寝入りしている姿を見て、心から詫びました…何度も何度も。
でも、また次の日には同じことの繰り返しです。
自分を大事にできなかった私は、子どもを大事にすることができなかったみたいなのです。

これ、難しい言葉でいうと「自己肯定感が著しく低下している」という状態。
虐待をしてしまう(してしまった)人は、多かれ少なかれ、自分のことを大事にできていない。自分は、必要な人間で、愛されたり認められたりしてもいい存在だ、と思えないのです。
嫌な思いをしたら、自分のために怒ってもいい、ということがわからない状態なのです。


そんな惨めな状態からどうやって脱出したらいいのか?
それは今も私の課題です。

TVを見て下さった方は、今の私を見て、「なんだふっきれてるんじゃないか」と思うかもしれません。が、完全に脱しきれているわけではないです。
子どもへ手をあげるのは、幸い1年間くらいでしなくなりましたが、自分をとるに足りない存在だと感じてしまうことは今でも多々あります。

私の研究活動「子どもの安全を守る」は、まず、小さい子どもたちがひとりでいるとき、家の中でも外でも、性的に踏みにじられることがないようにすることです。
それにはどうしても、過去の自分を思い出し,助け出す必要がありました。
そうして今度は「助けたい」という思いを子どもたちに投影し、何ができるかを考え、行動しなくてはなりません。


被害者=未来の加害者、という悲しい構図は、壊さなくてはならない。
私は被害者だったからこそ、それができると信じているのです。


(2005年7月2日 内野 真)

***********************

明石書店さんから上梓した防犯の本に詳しく書いた通り、私は幼いころから性犯罪の被害者でした。
親告したわけではないし、したとしても「強制わいせつ」どまりの犯罪です。
ですが、私の人格の基盤を壊すには、充分すぎるほどのものでした。

犯罪によって心を壊された人が、どんな風に加害者になって行くか。
身をもって体験した、と感じています。

小さかった時の「わたし」を守る、やり直す。
まずはそのために、
ついで、私がかつて何も知らずにいじめてしまった長男のために、
また、次男と三男のために。
そして、他のたくさんの子どもたちにも同じつらい思いをさせたくないから、私は「防犯」を考え続けているのです。

随分間が開いてしまいました。

親しい方が亡くなられ、色々バタバタしていました。
そろそろこちらも本格的にやって行かなくちゃ、と考えています。


……と、その前に。


実は私、かなりアナログな人間です(笑)。
PCオンチ、ともいいますか……

かなり以前に作ってあったTwitterを、最近ようやく、使えるようになってきました。

が、そっちは完全に趣味の内容になっており。

(こう見えて、手芸が好きなのです。趣味でテディベアを作っているんですよ(^^;)

Twitterは、その手芸のお話ばかりになってしまっていますが、最近やはり、広く早く繋がるのに、便利だなあ、と感じています。



しかし、常々悩むのですが……
ここは『防犯』のブログ。
でも、趣味でぬいぐるみ作ってます…なんていうと、かなりギャップがありますよね?
なので、この二つを繋ぐことにものすごく抵抗を感じたりもするわけです……
いやいや、かつては、イラストレーターや声優をやっていたことまであるので、もう何がなんだか…(苦笑)


ですが、いつでも「防犯対策!!」って叫んで鬼退治してる桃太郎みたいな人…ってわけじゃなく(笑)、私もごく普通の、色んな趣味を持ってあれこれ活動している普通のオバサン、なんですよね(^^)

なので、ギャップは仕方ない、と諦めて、テディベアのブログとこの防犯のブログとをTwitterで連携させることにしました!
ツイートしていただく先は、なんだか手芸のブログみたいなページなのですが、それも私の一面です(^^;)

一応、決意だけはお分かり頂けるかな、と思って日記に書いておこうと思った次第。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


プロフィール

内野 真 (うちの まこと)

Author:内野 真 (うちの まこと)
****************


私は、いつも探していました。
「性犯罪」の被害から、
子どもを未然に守るための方法を。

でも、苦労して探しても、なかなか無いんです。

例えば、本。

「性犯罪被害」を防ぐために何が有効なのか?
「犯罪」 「防犯」 「防止」 「方法」 など、キーワードを色々変えて検索するのですが、行き着く所は何か違うものばかり。

大概、2つに分かれます。


内容的にきちんとした本だと、学術書や体験談、
「性犯罪被害を乗り越える」という内容のものに行き着きます。

でも、それは、勇気ある告白本だったりして、読むにも覚悟がいるものが多いのです。
被害に遭ってしまうとこれほどまでに大変なのか、と凹んでしまったり。
被害の現状を放置したままの社会に、怒りを覚えることもあります。
明日は我が身。そう考えれば気持ちは引き締まる。

でも、被害を未然に防ぐためには?……と考えると、そのことは書かれていません。


「性犯罪」「被害」「防止」で行き着くもうひとつの端は、
「性犯罪をエンターテイメントとして描いたもの」。
つまりアダルト作品。
これはお話しになりません… 

アダルト作品は、性犯罪の加害や被害を、娯楽のモチーフとして扱います。
被害の防止とは、正反対の内容です。

うーん……。
これは、どう言うことなんでしょうか。



子どもに加えられる「犯罪」には、以下の3つのタイプがあります。

1. 殺害や、痛めつけることを目的としたもの
2. わいせつ・強姦などが目的のもの
3. わいせつ・強姦までは行かないが、身体的接触(手を握ったり膝に乗せたりするなど)や、ドライブなどで満足するもの(ただしこれは、子どもが騒いだり嫌がったり逆らったりすることが原因で犯人を逆上させてしまい、その結果、殺害等に結びつく場合がある)

一番多く発生しているのは、3番です。

2番・3番の「わいせつ・強姦など」つまり性犯罪は、子どもに降り掛かる加害行為の中でも、大多数を占める、といえます。

幼い子どもは「性」の意味も、自分に備わっている性器の役割も、世の中に氾濫する「性に対する見方」も、その意味も、何も知りません。
それをいいことに不当にその性を蹂躙する、搾取する。
それが、性犯罪。
強姦がなくても、立件出来ないような行為だけでも、子どもの心には深い傷が残ります。

想像力のない人たちは「性的いたずら」という言葉を使いますが、被害当事者から見れば、なにが「いたずら」なものですか。

成長してから、されたことの意味を悟り、幾重にも傷つくことからこの被害は「時限爆弾」「魂の殺人」とも言われるのです。


どうにかして、性的被害から子どもたちを守りたい。
それも、未然に、です。

性的に嫌な思いをさせることも、可能な限り防ぎたい。
幼い頃の、幸せな思い出の中に、そんな記憶はいりません。

ずっと忘れていたけど、そういえば…小さい頃、こんなひどいことがあった。こんな嫌な思いをした。…そういう記憶を持つ女性が、どれだけ多いか、知っていますか?
それが、どれだけの人を精神的に苦しめているか、知っていますか?


「性」を守ることは、「人」そのものを守ること。

我が子の命を守ること、と同義です。

我が子のために、食べ物について学ぶ事と同じ。
学問を身につけるのとも同じです。
お子さんの身体、心を守る方法を知ることは、
「食育」や「知育」と同列、「子育て」そのものでもあります。


いわば「守り育て」。


性犯罪から心と身体を守りつつ育てること。


それを、私はこう呼ぶことにしました。
「守育(しゅいく)」。

「知育」
「食育」
「守育」
ほら、命を守るために、どれも必要なものでしょう?

その方法を、一緒に模索していきましょう。<内野  真>



******************

◆1965年生まれ。埼玉県さいたま市在住。立正大学文学部社会学科小宮信夫教授に師事。
3人の息子を育てつつ、脳動静脈奇形部破裂のため脳障害・認知症を患う実母を介護しています

◆子どもの安全対策コーディネーター/NPO法人地域安全マップ協会理事長/イラストレーター及びライター、声優としても活動歴有り
◆さいたまNPOセンター主催「子どもの防犯力アップ出前教室」インストラクター養成講座講師
◆防犯・防災のラジオ番組「魔法の言葉」配信中(リンク参照)
◆「景色を読み解く」カンタン講習会 講師(下校時安全パトロールの時間を利用した1時間程度の町歩き防犯指導)※当ブログの2014年11月26日の記事参照。<随時申し込み受付中です>


◇出 版 物

<著書>

◆「子どもを犯罪から守る 犯罪被害当事者による子どもを被害者にも加害者にもさせない方法」/明石書店  
◆「いかのおすし」絵本(制作・監修) /防犯用品(株)コンツナ 
http://ikanoosushi.com/new1.html←コチラから動画でご覧になれます 

<共著>

◆「地震からわが子を守る防災の本」国崎信江著/内野真・漫画/リベルタ出版 
◆「我が家の防災対策」作/国崎信江、挿絵・コメント/内野真  信濃毎日新聞  2001〜2002年
◆「まんが 防犯・防災・協力店マニュアル」埼玉県石油業協同組合発行/大倉優原作/内野真・作画 
◆「安全はこうして守る 〜現場で本当に役立つ防犯の話〜」小宮信夫編著/内野真(ファイル21寄稿・本文挿絵・表紙画)/株式会社 ぎょうせい 
◆「子どもたちの叫び 〜児童虐待・アスペルガー障害の現実〜」内野真・尾崎ミオ著/NTT出版 など

<教材>

◆「じしんがきても まけないよ!」地震紙芝居/原案・国崎信江/画・内野真/学研 
◆「子どもの安全カルタ」NPO法人子育てサポーター・チャオ編/東京法規出版(防犯・防災・事故予防の入門編カルタ。監修/小宮信夫、子どもの事故予防情報センター牧田栄子、作画・編集/内野真)
◆「子どもの防犯力アップ出前教室」フリップ(イラスト・監修) など


◇講演会実績等

2005年
東京成徳短大高等部幼児科講話
越谷市赤ちゃん連れ遊び場マップ作製指導

2006年
埼玉県児童館活動活性化モデル事業 
 子どもの安全対策サロン講師
埼玉県宮代町子ども会・自治会主催
 地域安全マップ作製指導協力
婦人公論4/7号 
 子どものための防犯特集記事寄稿
埼玉県越谷市北越谷公民館講演会
千葉市高州保健センタ—保健師研修会 講話
子どもの安全に関するアンケート解説書作成
 (NPO法人子育てサポータ—・チャオ編)

2007年
越谷市南越谷公民館
地域安全マップ作製指導協力
豊島区子ども家庭部子ども課 
 保育士研修 講演会
越谷市花田小学校5学年 学年活動 講演会
神奈川県相武台総合学習センター講演会   
神奈川県警察学校連絡協議会 講習会講師
 少年のみちびき 寄稿文
広島県安心安全アカデミー 講演会
さいたま市仲町小学校 講演会

2008年
練馬区ほうや幼稚園 講演会
愛知県刈谷市 CAPNA主催講演会講師
千葉県市町村アカデミー 講習会講師
越谷NPOセンター主催 講演会
練馬区立大泉第六小学校 講演会

2009年 
練馬区立八坂小学校 講演会
練馬区教育委員会委託
子ども安全安心学習講座 講師
練馬区立関町小学校 講演会
越谷市中央市民会館 講演会
越谷市大沢公民館 講演会 
練馬区立大泉第三小学校 講演会
練馬区立富士見台小学校 講演会

2013年
【内野真生の魔法の言葉】
 ラジオパーソナリティー 
地震だ!だんだんだんごむし!
  DVD(kirakira作製)/声の出演
さいたまNPOセンター 
 子どもの防犯力アップ出前教室
 インストラクター養成講座講師 

2015年
松戸市立常磐平第二小学校家庭教育学級講演会
NPO法人ながれやま子育てコミュニティなこっこ主催防犯講演会
など多数




<講演会・執筆等のご依頼について>

◆随時受け付けておりますが、必ず当ブログ記事をお読みになった上でお願いいたします。
◆ご依頼方法
最新記事(カテゴリーは問いません)のコメントに「管理者にだけ表示を許可する」の項目にチェックを入れ、お名前・所属・ご連絡先を明記ください。折り返しこちらからご連絡いたします。日中はメールチェックが出来ないためお返事が遅くなる場合もございますので、日程に余裕を持ってご相談ください。

検索フォーム
QRコード
QR

Page Top
CALENDaR 1234567891011121314151617181920212223242526272829